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楼主: 娇娥

了解我们的兄弟社区——木之花(桑园草翻译)

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 11:50:16 | 显示全部楼层

いさどんて、だぁれ?
1951年、岐阜県美濃市に誕生。5月3日生まれの三男坊であることから「いさみ」と名付けられる。
地上名は古田偉佐美。宇宙名はピトピ。日常的には「いさどん」と呼ばれている。
30歳の時にお釈迦様に出会い、「いい暮らしをするために仕事で成功してお金を稼ぐ」生活から「自我を超え、人が地球上に生まれてきたことの真の意味を知り、天と共に生きる」道へ。
お釈迦様から直接心の学びをいただく9年間を経て、1991年8月12日、富士山頂にて日の出と共に「その心、日の本の国全体に説くがよい」というメッセージを日の本の神様よりいただく。以来、宇宙の真理を伝え続け、今に至る。
1994年3月21日春分の日、人々が心からつながり、助けあい、自然と調和し豊かに生きる “菩薩の里” を創ろうと、志を同じくする20名の仲間と共に、富士のふもとにて「木の花ファミリー」を創立。現在は、赤ちゃんからお年寄りまで個性豊かな80名のメンバーが、宇宙の響きで作物を育てる天然循環法による自給自足や、固定概念をひっくり返す分かち合いの経済、血縁を超えた子育てなど独自のライフスタイルを確立し、日々宇宙の真理を探求しながら楽しく暮らす。
現在の木の花ファミリー
「自分」という枠を飛び出し宇宙からこの世界を捉えるいさどんの発想は、時に奇想天外、斬新奇抜、しかしよくよく聞けばこの世界の道理そのもの。現代社会の行き詰まりを突破する大きな鍵がここにある。いさどんがメインサポーターを務める自然療法プログラムでは、どんな病院でも薬でも治らなかった心の病を持つ人が短期間の滞在で社会復帰を果たした実例が数多く存在するが、その大きな理由のひとつに、病を持つ本人がこの宇宙視点を学び、人の心と病気のメカニズムを知って自らを客観的に捉えていくことにある。
宇宙視点は人類共有の財産!ということで本ブログ等で積極的に発信している他、木の花塾カタカムナ研究会などの学びの場も提供している。
養蜂家でもあるいさどんは、どんなに疲れている時でも蜂さんのお世話は欠かさない。好物はあんこ、そして人々が真実に目覚めていく時の喜び。自分を捨てて天に添い、ただただ世のため人のために生きる、愛すべき宇宙おじさんである。
死後は肉体の縛りから解き放たれて、宇宙に遍満する予定。



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 11:50:36 | 显示全部楼层
isadon是谁?
1951年于岐埠县美浓市出生。是5月3日生的,又是第三个孩子,起名叫伊佐美。
地球上的名字叫古田伊佐美,宇宙名叫皮头皮(笑)。平时就叫isadon。


30岁的时候遇到了释迦,人生从此转变。本来是努力追求事业的成功,努力赚钱以过上好的生活,后来转变为超越自我、探索人生意义、和天一起生存下去的道路。

从释迦那里学了九年心的学问,之后到1991年8月12日,在富士山顶,伴随着初升的太阳,接收到了来自神灵的信息:把我所教给你的东西,向日出之国的全体解说吧!自那之后,isadon就一直在传播宇宙的真理,直到今天。

1994年3月21日春分,isadon说让我们来创造一个人与人心连心、互相帮助、与自然和谐相处的“菩萨的故乡”吧!随即,就和志同道合的20名小伙伴一起在富士山脚下创立了木之花。现在,木之花从小孩到老人一共有80名成员,每个人都有鲜明的个性。我们按照宇宙的法则“天然循环法”栽培农作物,实现了自给自足的生活方式。我们打破传统的观念,共同分担经济问题,把每个孩子都视为自己的孩子共同养育等,确立了独特的生活方式,每天一边追求真理,一边愉快滴生活下去。

从自我的牢笼中解脱,从宇宙的视角来考虑问题的isadon,有时异想天开,新颖奇异,不过你听的多了就知道就是在讲世界的道理而已。这里有通向光明之门的钥匙。作为自然疗法的主务人,isadon在短期内治好了许多无论去了哪个医院、吃了多少药都无济于事的病人。其中最大的一个原因就是isadon从宇宙视点出发,让病人明白了疾病产生的根源。

宇宙视点是人类的共有财产!除了在本博客可以学习到之外,木之花塾以及katakamuna研究会也可以学到。
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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 11:52:34 | 显示全部楼层
革命は一人ひとりの目覚めから起きる!
5月3日、533(いさみ)ナイトに先立って、木の花ファミリーでは毎年恒例の田楽田植え祭りが行われました。その時のいさどんの挨拶をご紹介します!
乾杯の前に挨拶をするいさどん ー 田楽田植え祭りより
今年も毎年恒例の田楽祭がやってきました。先程、降神祝詞が奏上され、日常生活からは程遠いような神事が執り行われましたが、実はこれも日常生活なのです。わたしたちは人間ですから、いのちですよね。そうすると、地球の循環、そして他の星との宇宙の循環の中にわたしたちは常に存在しています。それが、わたしたちの日常なのです。
近年、人間は能力が高いがために、この地球を人間だけのもののように考えている傾向があります。そういったおごりの心が今、いろいろな意味で人間社会に行き詰まりをもたらしているのです。
ツケをそのままにして先に進むと、矛盾はあり続けます。そして、人の心が二極化する世の中がこれから訪れようとしています。つまり、今までの時代に興味を示さない若い世代が矛盾を無視し新たな時代を創っていくのに対し、今までのツケがこれからクローズアップされていきます。若い世代からすると、それは自分たちが残したものではないから責任を負いたくないと思っていますし、だからといって現実を見ても夢がないので、新たな価値観のほうに逃げようとしてそちらの方へ意識を向けてしまっています。そして、ツケを残してきたことに責任ある世代もそのツケを残しただけで、ツケの大きさを意識しない者もいれば、自分たちの犯してきたことに対して償いをしようとしない者もいます。また、どうにかするつもりはあっても、そのツケはどうにもならない段階まで来ているのです。
マスコミもそれについて報道はしますが、どのようにその矛盾を解消するのかという方法は見出せず、世論にそういった空気が起きないので手をこまねいて見ている状態です。矛盾を見てそれを償おうという気が起きないために、これからしばらくの間、二極化したおかしな時代が訪れることでしょう。本来ならば、そのまま素直に次の時代に移行すればよいのですが、これは移行期に現れる現象とも言えるのです。
今までの時代は、人間の可能性の探究の時代でした。人々はエゴを花開かせ、そのことによって夢見てきた時代でした。そして今、エゴを花開かせたツケの実態を知った者たちは、どうすることもできず呆然と立ち尽くし、そのツケを先送りにしている状態なのです。このツケは、もはや一部の者たちがどうにかしようとしてもどうすることもできない段階まで来ています。今の時代の主力の人々も、その異常さに唖然として対策も打てず、どうすることもできないのです。
昔の美しい自然をもう取り戻すことができないように、人間社会もツケが大きくなり過ぎてしまって、このまま放っておいて健全になっていくことはもはやありえません。矛盾が自然の中に蔓延してしまったら、それは解消できないのです。本来、自然のものであるならば潜象界へ還っていくのですが、人工のものはサイクルが長いので、浄化されるのにかなりの年月を要するのです。
人間の欲望が膨らみ過ぎてしまった今の世の中に対して、唯一の解決策は一体何でしょうか。それは、個人が全体意識に目覚め、一人ひとりが自らの分だけその責任を取ることです。そうすると、その意識のウェーブが起きて、解決に向かうことでしょう。
最近、財政健全化計画の話題が取り上げられなくなったのも、それは状況がどんどんひどくなっていくばかりで、それを言っても仕方がない状況になっているからです。社会全体がそのような状況になっているのです。
だから今、その唯一の解決策として、革命しかないのです。この革命は、一人ひとりの目覚めから起きます。これはその意識のウェーブの革命です。個人を観てみると、行き詰まりに出会い痛みを伴って目覚める者もいれば、「これはこのまま行くとダメだ!」とまだ行き詰っていないのに積極的に改善する者もいるとしたら、これからの時代はまだまだ前者の方が多いのです。それは愚かしいことでもあるのですが、今の状態がリセットされるために、わたしたちは行き詰まりや問題事に出会うようになっているのです。
そうしたリセットがどこまでも成らないとなったら、これは地球的矛盾にもなるので、天変地異や異常気象の力によって成るということなのでしょう。いずれにしても、地球にとっての自己矛盾でもあるのですから、これは時代と共にリセットしなければならない時が来ているのです。そういった意味で、霊的に地球を導いている存在たちの力だけでは、もはやどうしようもならない段階まで来ているということなのでしょう。
宇宙的に観れば、そういった現象はすべてダイナミックな波乗りのようにも捉えられます。それを小さく区切って捉えれば大変なことになってしまうのですが、そこを超越してしまえば、地球に起きたいろいろなウェーブの中のひとつにしか過ぎないのです。
わたしたちは自分たちだけを見れば小さな存在ですが、こういった小さな集いが大きくなって、世の中に問題をもたらすこともあれば、逆により良い社会を創るきっかけにもなります。人間が自然からいのちをいただき、他のいのちと循環し調和していることを表さない限り、天変地異や異常気象はこれからも起こり続けることでしょう。そして、自然からの警告だけではなく、人間社会の中だけでも矛盾が発生しているような今の世の中で、こうやって毎年自然に感謝し、自然からいのちをいただいていくことを天に誓い、自然とともにあるという謙虚な心を大切に生きていきたいものです。そういった意味で、今日をいのちをいただく儀式のはじまりとして、この一年を過ごしていきたいと思います。
ぜひ、これを機会に木の花ファミリーの健全な成り立ちと豊作だけを願うのではなく、豊かで平和な世界が訪れることを共に願っていきましょう。

〈田楽田植え祭りより〉



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 11:53:04 | 显示全部楼层
革命从每个人的觉醒开始!

53日,由isadon带头,举行了每年惯例的田乐插秧祭祀活动。现在我们来听听isadon当时说的话。

Isadon:又到了一年一度的田乐插秧活动了。方才,我们奏上了降神祝词,虽说这种神事我们平时不太做这也是日常生活的一部分。我们是人类,是生命在地球的循环以及其他行星和宇宙的循环中,我们是十分常见的存在。(做神事)是我们的日常。

近年来,由于人类能力的提高,开始认为这个地球是人类独有的东西。这种傲慢之心正在导致人类的毁灭。

人类为了发展不断地消耗着大自然遇到问题不及时处理,导致问题越积越多。现在这个世界两极化越来越严重。年轻一代对这个世界不感兴趣,继续活在他们的世界里,不想承担对这个世界的责任。但是现实并非梦境,年轻一代必须面对,但年轻一代又不想面对,只好逃往虚拟的世界。还有,积累了很多问题的这一代人,如果没有意识到自己的错误,就不会对自己的行为进行补偿,现在,即使补偿了,也于事无补。(问题积累的太多了)

宣传部门虽然也报道了这个现象,但是并没有找到解决问题的办法新闻媒体提到了一些,但是没有引起人们的共鸣,人们都袖手旁观。为了让矛盾明显化以引起人们注意,就让这个奇怪的两极化世界到来吧。本来就这样直接的往下一个时代就好了,他的意思应该是大净化)现在只能说这是这是移行期出现的现象。大净化节奏变慢了)

当今这个时代,是探究人类的可能性的时代。人们超越自我,远离颠倒梦想的代。然而现在,那些为了自己的私欲而不断消耗自然的人,啥也做不了就呆呆的看着,把问题向后推。现在这些问题已经积累到仅仅一部分人怎么做也做不好的阶段了。这个时代的主力军对地球的异常只能默默观望,啥也做不了。

已经不能再回到过去美丽的自然状态了,人类社会积累了太多问题,并且一直放着不处理,让地球变得健全已经是不可能的了。矛盾在自然中蔓延,已经无法消解了。本来,人要是一直顺天而行,就可以回到千年界,人工制造的东西分解要很长世界,完全净化的的话要好多年。

对人的欲望过于膨胀的这个世界,唯一的解决办法是什么呢?那就是每个人觉醒全体意识,每个人对自己负责。这样建起一个意识网,就能解决。

最近,财政健全化计划的话题被取消了,状况变得越来越严重,无论怎么说都没有办法解决。社会全体都处在一个不良的状况中

因此现在唯一的解决策略就只能是革命了。这个革命,从每个人自己的觉醒开始。这是意识网的革命。每个人反自己不逃避问题、逃避痛苦,让自己觉醒对自己说“这样放任下去不行!人们不再绝望的走下去而是积极地改善,这样的人在接下来的时代里会有很多。虽说他们也会做出愚蠢的事情,但是为了全人类的未来,我们必须去面对问题、解决问题

如果这样做了也无法解决的话,这是因为地球的矛盾没有完全解决自然界的激变和异常气候还在。不管怎样,地球的生态被破坏的太严重了,现在是和这个时代一起净化时候到了。这意味着仅仅依靠有灵的力量的那部分人来使地球恢复的话,已经是不可能的了。

从宇宙来看,这一切的现象就像有活力的冲浪运动一样,是可以控制的如果我们能看到问题的细节,我们会经历不得了的事情,会经历痛苦,但是如果我们超越那些障碍我们就会与地球连成一体

虽说我们是只能意识到自己的小小的存在,但是这些小小的存在联合起来,可以引起社会问题,也能创造良好的社会。人类从自然获得生命,如果和其他生命循环不和谐相处的话天崩地裂和异常气候接下来还会继续发生。并且,不仅仅是自然那里的警告,仅仅人类社会之中发生的许多矛盾也在给人类警告。如果我们每年像这样感谢自然,承认自己是自然之子,怀抱谦虚的心和自然一起和谐生活下去的话,问题就能得到解决现在我们就从这获得生命的仪式开始,将这一年好好滴过下去吧。

让我们借这次机会祈愿木之花能够大丰收并且变得更加完美也祈愿和平的、多姿多彩的世界能够早早来临。

201659

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 11:53:25 | 显示全部楼层
誰もが心を探求するスペシャリストとして生きる時代
4月29日にBSフジにて放映された「アキレアの橋 体操・白井健三」という番組と、5月2日にNHK総合にて放映された「プロフェッショナル 仕事の流儀 松岡修造×スーパー高校生スペシャル」を観たいさどんは、みんなでこの番組を観ることを勧めました。その数日後、二夜に渡ってみんなでそれぞれの番組を観た後、三日目の夜の大人会議では「革命は一人ひとりの目覚めから起きる!」のブログがシェアされました。その後、いさどんは次のように語りました。
――
この映像を観ていくと、アキレアの橋からは白井健三くん、それからプロフェッショナルからはピアニストやゴルファー、プログラマー、そしてボクサーが取り上げられていました。僕は、みんなに彼らを目指してほしいという想いで、この番組を勧めたのでありません。まず、彼らのような人たちが現れる時代になったことをみんなに知ってほしかったのです。ただ、彼らも普通の人間なのですよ。そこで僕は、「彼らとみんなとの違いは何なのだろう?」と思いながらこの映像を観ていました。
それは、彼らはストッパーを外したということです。
今回の映像では出てきませんでしたが、高校生の頃からその活躍が人目を引いていた羽生結弦くんがいますね。彼は昨年11月に開催されたNHK杯でショートプログラムとフリープログラムをあわせた総合得点で史上初の300点越えをし、その2週間後にスペインのバルセロナで行われたグランプリファイナルでは、さらに記録を更新し330.43点をマークしたのです!ここ一年ぐらいは280点を越えたら金メダルの時代だったのですよ。ところが、羽生結弦くんがNHK杯のショートプログラムで史上初の100点を越えたのです。当時、これは信じられないことが起きた!神業だ!と言われていたのですが、今年の4月に開催された三大陸対抗団体戦で18歳の宇野昌磨くんが公認大会で初となる4回転フリップに成功し、ショートプログラムで自己記録となる105.74点をマークしたのです。
このように、今の最高記録はどんどん更新されていくものなのです。誰かが今までになかったことを成し遂げると、それまでの目標が改められ、新たに記録を塗り替えた人がみんなの目標となるのです。そしてその度に、みんなのストッパーが外れていくのです。これからも、そういったことの連続です。
ところが、多くの人間には「自分にはできない!」とか「わたしなんか!」というおかしな心があり、そのようなストッパーを持っているのです。ある意味、それがその人らしい生き方とも言えるのですが、その自分らしさの中に自分を閉じ込めてはいませんか?
僕は、みんなが白井健三くんになれとか、羽生結弦くんになれ、と言っているのではありません。あなたらしい人生の目標に限界はない、と伝えたいのです。限界は、今の自分がつくっているだけなのです。どこかで人は、「自分はこんな程度だ」と考え、それ以上やろうとしない心があるのです。
もし、もっと自分を花開かせ、可能性を観てみたいと思うのであれば、そのストッパーを外すことです。そのためには、自分を客観的に観えないといけません。人はとかく、今までの経験を元にして、ある時点から「わたしはこういう人だ」と自分を決定し始めます。しかし、経験を積むことはストッパーを外すためにあるのです。それなのに、人間は自我があるがために経験を所有し、それを常識にして、その枠の中にい続けようとするのです。未来は今までの経験を超えていくためにあるのですから、今までの経験を活かすことはいいのですが、それを固定してそこから結論を先に決めてはいけないのです。
それが、自我の乗り越え方です。
今回の映像を通して、新しい世代の人たちが、たとえば音楽はこういうものだというストッパーを外し、先生を超えている発想をすでに持っていることを僕は感じました。そのようにして、彼らは自らの可能性を開花させているのです。21世紀に入った今、若い世代の人たちが人間の可能性をさらに広げようとしているのです。
ただ、そこでひとつ、懸念することがあります。それは、「革命は一人ひとりの目覚めから起きる!」にもありましたが、人間の可能性を広げることは、人類に貢献するためにあるのです。もしくは、生命として地球に貢献するためにあるのです。ところが、映像で取り上げられていた人たちの段階では、まだ世界が狭いので、自分の能力の開花だけを目標にしています。確かに新たな時代は訪れているのですが、まだまだ個人の願望の上にそれが表現されているのです。ひとり、プログラマーの彼は「人類の進歩に貢献することをしたいと思っていて、ただお金儲けをして億万長者になるよりも、人類を前に進めたほうがかっこいいと思ったのです」と言っていました。僕は彼の未来を楽しみにしています。彼が語っていることが、近年における人類が到達すべき目標です。
先日、40代の女性の相談を受けたのですが、僕が彼女に伝えたのは、「あなたは能力が高いのですが、その能力は宇宙や地球生態系の構造、そして時代の流れと一致していないのです。だから、その高い能力があなたの人生の中で問題事の種となってしまうのです」と伝えました。そういったことを怠っていると、この世界の仕組みではその人が発生させた矛盾の分だけ、人生に滞りが起きるようになっています。そういったことが明快に示され、それを感じ取る人々が今の社会に現れてきています。ですから今、人類はそのように生きていく時代に入ったのです。
ここには、これからコミュニティをつくりたいという人たちが訪れますが、僕は彼らにこう伝えます。「この世界は無限の生命の循環によって成り立っているのですから、コミュニティはつくるものではなく、時代とともに成っていくことなのです。時代が表現されていくときに、人間一人ひとりはその時代を表現するためにふさわしい役割を与えられ、生まれてきているだけなのです。ですから、それは自分がやりたいと思ってやることではないのですよ。逆に、強くそういったことを望んでいるような人は、そのこと自体が自我が強い表れですので、コミュニティに不向きな人と言えます。」
しかし、そういった人ほど、自らの実態が観えない人が多いですね。このように今、人間の意識が真に変わるときが来ていることは確かです。
今の人間社会は、矛盾が山積しているように見えます。しかし真実は、この世界に間違いなどひとつもありません。正義も悪もありません。もしそこに問題事があるとしたら、それは「無知」であるということです。無知であることが問題の根本的原因です。そして、それはどのような無知なのかといえば、この世界の成り立ちに対して無知であり、自分自身の存在に対して無知であるということです。
それに対して、知恵を持っている者とはどのような者なのでしょうか。それは、無知は無知でも、「無限なる知恵」を持っている者のことです。無限に経験を積み重ね、知恵を得て、成長していく者であり続けるということです。そういった精神に到達したときに、人間から個人の願望を実現させたいという意識が消え、宇宙生命として生きることになるのです。
そのために人間が取るべき姿勢は、時代から受けている使命を果たし、この世界から受けている自分たちのポジションを担うことです。それが、わたしたちが存在する意味なのです。自分は全体のために存在しているのですし、全体は自分を存在させてくれているのです。それが一致したとき、わたしたち一人ひとりの健康が実現し、真の平和が地球上に訪れるのです。
人類はいつそういったことに気付くのだろうと僕は思うのですが、今度オバマ大統領が広島を訪問しますね。広島へ行くのであれば、長崎にもぜひ足を運んでいただきたいと僕は思います。これは世界中が今、注目しているトピックです。彼が急に広島へ来ることになったのも、時代がドッと動き出した感じがしています。これは日本の都合やアメリカの都合で、オバマ大統領が広島を訪問するのではありません。これは明らかに、時代が次の段階を迎える前兆だということです。
それで今日の映像の話です。彼らはこれまでの常識や、「これが今の世界の最高だからこれ以上はない」といった発想を無視し、そういったスイッチを切った人たちなのです。これも、新しい時代の人たちが始めたことです。
そこで、わたしたち木の花ファミリーは今の時代にどのような役割をいただき、そしてどのようにスイッチを切っているのでしょうか。それは、「自我」のスイッチを切っているのです。自我のスイッチを切るからこそ、このような暮らしが可能になるのです。ここではすでに、みんなでお財布ひとつで暮らしていますね。自分のものをみんなと共有していますね。そして他人の子どもを自分の子どものようにかわいがり叱ったりしますね。そういったことを世の中にいるどれだけの人ができるのでしょうか。そのような区別のない世界は、すでにここで実現されているのです。
しかし、自我は粗いものから細かいものまでたくさんあるのです。そうしたら、彼らが毎日自分の能力の限界まで挑戦しているように、わたしたちは毎日ひたすら自我と向き合い、自我をきれいに取り去る心のスペシャリストとして、「えっ!!人間にそこまでできるの??」という境地にまで到達したいものです。
そういったことをイメージして、僕はこの映像をみんなで観ることを勧めました。彼らはピアノやコンピューター、アスリートなどの分野で新たなストッパーを外しながら活躍していますが、わたしたちは心のストッパーを外すスペシャリストなのですから、そういった意味で、わたしたちは白井健三くんや羽生結弦くんと同じなのです。わたしたちは心を探求するスペシャリストであり、人類の未来の見本として生きているのです。
時代は、確実にストッパーを外しながら紡がれています。ですから、「自我」というストッパーを外すことが、わたしたちが生きている真の姿であり、目的なのです。そして今、時代は誰もが心を探求するスペシャリストとして生きる段階に入ったのです。
自我のストッパーを外すことを優先できる人は、時代と共に生き、時代に貢献できる人です。



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:01:11 | 显示全部楼层
现在是所有人自己作为自己的专家探索自己内心的时代

看了429日在TBS富士台放映的《秋之桥 体操·白井健三》以及52NHK综合放映的《专业 工作的作风 松岗修造超级高校生专家》,大家都推荐这两部片子。过了两天,大家都把这两部片子看完之后,在第三天晚上的大人会议上,分享了博客《革命从每个人的觉醒开始》。在这之后,isadon说了如下这些话。

在这部影片里,秋之桥的白井健三,是专业的钢琴家、高尔夫球手、程序员、拳击家。我希望的是你们能以他为目标,而不是仅仅推荐这部影片。首先,我希望你们能够去了解那他个时代的事情。他也是普通的人类呀。看的时候我就在想:他和大家有何不同?

那就是,他把刹车扔掉了。

我想起一个叫羽生结弦人,在这一集没有出现,他在高中的时候十分活跃,引人注目。他在去年11NHK杯单人滑和自由滑中两项分数加起来破天荒地超过了300分。两周之后,在西班牙巴塞罗那举行的大奖赛中,他将记录更新到了330.43分。这一年是他的金牌时代。还有,羽生结弦在NHK杯的单人滑中破天荒的超过了100分,在当时这是不敢相信的的事情,简直是神迹!可是呢,在今年4月份举办的三大陆对抗团体赛中,第一次参加的18岁宇野昌磨在正式大会上第四次旋转成功,创下了105.74分的个人最高纪录。

像这样,最高记录在不断地被刷新。人们以超越最高纪录为目标,当目标达成之后,再继续以更高的纪录为目标。然后在那样不断的超越中,人们扔掉了刹车。刹车扔掉之后,继续做超越的事情。

可是,很多人都有“我做不来”,“我怎么可能?”等奇怪的心理,这就是还带着刹车。从某种意义上看,与其说这是他们自己的生活方式,不如说他们在自己封闭自己。

我并不是希望你们成为白井健三和羽生结弦,而是想说你们人生的目标没有界限。界限是自己制造出来的。人们总觉得“我就这点水平了”,然后就一直抱着不想超越自己的念头。

如果能够进一步了解自己,有想看看自己的可能性的想法的话,那就算是把刹车扔了。为此,必须要客观地看自己。人总是在不知不觉间回到自己的经验当中,从某个时候开始说“我就是这样的人”,来自我认同。但是,经验的积累本是为了扔掉刹车而存在的。虽说如此,人类为了拥有自己而持有经验,把这个认知当做常识,试图继续生活在牢笼里。未来是为了超越以前的经验而存在的,虽说灵活运用迄今为止所积累的经验是好事,但是不能把经验当做固定的
结论。

这就是超越自我的方法。

通过这次的影片,新世纪的人,举个例子,比如说音乐吧,我已经感觉到新世纪的人已经抱有超越老师的想法了。(而老的一代无动于衷)。就这么做下去,他们就会发现他们自己无限的可能性。进入21世纪的现在,年轻一代正在进一步扩大人类的可能性。

但是,在这里有一个担忧。那就是,“革命从每个人的觉醒开始!”虽然提倡,但是扩大人类的可能性这件事应该是以为人类做贡献为目的。或者说,作为生命以为地球做贡献为目的。

然而,在影片中那些夺冠的人,因为他们的世界还太小了,所以他们也仅仅只是在为自己努力。虽然新时代已经来临了,但是超越个人愿望,为世界做贡献的人还是少有的。有一个程序员,他说我想为人类做贡献,比起存钱而后成为亿万富豪,我觉得为人类的进步而工作更加的炫酷。我很期待他的未来,他说的话应该成为这几年人类达到的目标。
几天前,我和一个40多岁的女性谈话了。我告诉她:虽然你的能力很强,但是这份能力与宇宙和地球生态系统的构造、以及时代潮流不一致。因此,这种过高的能力反而成为了你人生中不幸的种子。如果不及时处理的话,那么与这个世界的冲突就会让自己的人生停滞不前。然而发现这样的问题,并且认真对待的人在这个社会出现了。因此现在,人类进入了反省自身的新时代。

接下来在这里会有想建造社区的找我谈话,我会这么跟他讲:这个世界是由无限的生命循环而建成的,社区并不是建造出来的,而是和时代一起成长出来的。时代在被表现的时候(上帝在表达自己的时候),人们为了点缀那个时代就被给予了合适的工作,就仅仅这样子活下去而已。因此创造一个社区并不是自己说想做就可以做的。相反的,如果有太强的自我表现欲望的话,对社区来说他是一个不健康的人。

但是像那样的人有很多都看不到自己真实的状态。不过人类的意识在往好的方向转变也是事实。

现在的人类社会,矛盾堆积的像山一样高。但是真相是,这个世界并没有错。没有正义也没有邪恶。如果哪里出现了问题,那就是“无知”造成的。无知就是造成问题的根本原因。那是一种什么样的无知呢?那就是对这个世界的无知,对自己的无知。

相对的,拥有智慧的人是什么样的人呢?那就是,知道自己的无知,拥有无限智慧的人。经历无数的事情,获得智慧,不断成长的人。如果到达了那样的境界,人类的个人欲望就消失了,成为了宇宙生命而活下去。

为了达到那样的境界,人类应该做的事情就是接受时代赋予的使命并把它完成,承担这个世界赋予自己的任务。这就是我们存在的意义。个人为全体存在,全体让个人存在。真正到了每个人“抱一”的时候,我们每个人的健康成长就可以实现,真正的和平就会在地球上出现。

我正在想人类到底啥时候才能意识到那样的事情呢,这次奥巴马就来广岛访问了。他去广岛的话,我想他把长崎也去了就好了。这是世界目前所关注的话题。他突然来广岛,我就有时代转动的感觉。这不是因为日本和美国恰逢好的时机,奥巴马来广岛访问。而是时代在进入下一个阶段的前兆。

接下来我们来谈谈影片的事情。那些运动员无视常识以及“这已经是世界最高了,没有比这更高的了”的想法,切掉了这些开关。这也是新时代的人开始做的事情。

那么,我们木之花的成员在这个时代应该做些什么,应该切掉哪些开关呢?那就切掉“自我”这个开关。只有把自我扔掉了,崭新的生活才能成为可能。现在大家已经能够共用一个钱包了呢。自己的东西和大家是共有的。并且也能够把他人的孩子也当成自己的孩子一样疼爱、教训了呢。像这样的事情在这个世界有多少人能做到呢?像这样没有分别的世界,在这里已经完全实现了。

然而,自我由很容易意识到的到微妙的还存在很多。既然这样的话,那些运动员每天挑战自己能力的界限,那我们就每天专心修炼自己的心性,在去除我执上下功夫。

把我刚才说的记在心里,我推荐大家看这部影片。他们在钢琴、电脑、运动等领域不断精进、不断超越,那我们就在心的领域不断抛弃我执,这意味着我们和白井健三和羽生结弦一样。我们是探求内心的专家,作为人类未来的榜样生存下去的人。

时代确实在不断更新中前进。因此,不断抛弃“自我”这个刹车,就是我们活下去的真正目的、意义。并且现在,人们将进入所有人都会成为自己的专家去探求自己的内心的时代。

优先抛弃自我的人,就是和时代一起生存、为时代做贡献的人。

2016年5月16日

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:02:56 | 显示全部楼层
生きることのプロフェッショナル
日々学んでいることを、日常の生活に反映していくことが大切だよ。
今、自分に起きている出来事の発信源は、その人自身の精神性にある。例えば体の痛みでも、その原因は自らの心の姿勢にあるのに、ただあそこが痛いここが痛いという物理的な話だけをしていては、日々起こる現象から学んでいることと、日常のあり方が別のものになってしまう。その姿勢が、新たなトラブルを生む元になる。
物理的な症状も、心の姿勢も、日常の出来事につなげて考えられるようにしていかなければいけない。疲れているとしたら、疲れるのにも理由がある。一人ひとりがきちんと自己チェックをして、自らを健康にすることが大切だよ。人が健康でいるということは、その人自身のためでもあり、社会全体のためでもあるのだから。
現代は、休むことが豊かさだと思われている。お金があって休日が十分にあってレジャーを楽しめることが豊かさなのだと、多くの人が思っている。しかし本来、生きることと豊かさとは直結していなければいけない。
休むことを豊かさだとするならば、極端なことを言えば生活に余裕があれば休んでいいということになり、お金がたくさんあって楽に生活できることが生きることの目標になってしまう。しかしそれは、天や自然と直結していない生き方だよ。もう一度、生きるということを天に返す。それは、生きることが自然であるということ。
本来、生きることに休日はない。宇宙の星々も、地球上の生命も、休むなどということはしていない。休むとは、人間の歪んだ発想から生まれた豊かさの延長線上にあることであり、歪みの象徴のようなものだ。
毎日を生きて、ものごとがスムーズに進み、自分自身にもこの世界にも負荷をかけないというところに、矛盾のない豊かさがある。
ここの暮らしは、農繁期になればみんな忙しくなる。忙しく働くということは健康であるということであり、健康であるということは、無駄や無理や矛盾のない生き方をして自分の中に滞りが起きないということ。滞りが起きるとしたら、そこに考え方や生き方の矛盾があるということだ。
その矛盾に、毎日の生活の中で些細なことからちゃんと気付ける人にならなければいけない。そうすると、ものごとがスムーズに進み、流れがよくなって、いろいろな意味で健康になる。それを表面的に知識だけを学習して生活に反映していないと、結果として現象化されていないのに頭の中だけでこういった思考を回してOKにしてしまい、矛盾はそのままになっていく。それを、一人ひとりがしっかりとチェックできることが大切だよ。
ここのように自然と共にある暮らしの中では、農繁期や農閑期というものがある。その中で無理が発生した時にこそ、より意識して、矛盾のない生活をしていく。忙しくて余裕がない時にこそ、無駄のない緻密なものの観方をしていけば、するするっと通り抜けていくことができる。そしてものごとの流れがスムーズになると、そこには大きな充実感が生まれる。
そこを緻密に観ていないと、少しの無駄が発生した時に無理が生じて、そのつじつまを合わせるためにさらに無理を重ねて、疲労になっていく。そういったところから心や体に矛盾が生まれ、心なら不満や疲労感となり、体なら病気になったりどこかの具合が悪くなる。その矛盾を解消するのは、緻密に自分自身を観る心だ。
そういったことができるようになった時に、人は本当の意味で健康に生きられる。それは達人の領域だよ。しかし僕たちはもう、達人でなければいけない。それは何か特別なことができて他の人より抜きん出ているということではなく、生きるということがとてもスムーズで、無駄なく効率の良い、さわやかな心で生きられるということだよ。
みんなは生きるということのプロフェッショナルにならなければいけない、と僕は思う。忙しい時だからこそ、常にそういったことを考えて、無駄のない心で生きる。無駄がないからこそものごとがスムーズに進み、そこに余裕が生まれ、さわやかな生き方ができる。それができると、生きることそのものに豊かさを感じられる。
だから、忙しいことを忙しいだけで終わらせてはいけない。これから人々は、その領域へ行くべきだ。
ここではたくさんの人が助け合い、連携して、普通ではできないことをやっている。その中で一人が心や体の滞りを持っていると、それが矛盾となり、働いてみんなに貢献することができない。それは、歪みが発生して病気が蔓延している今の社会と同じ状態と言える。
やはり生涯をぴんぴんころりで健康に、本当に世のため人のため、「傍」を「楽」にする(=はたらく)ために生きていく。そういう世界をつくることが大事だよ。そこでは病気は学びのために起こるのであり、本当に少ないものになっていくだろうね。
今の世の中では、お金があって働かずに楽をすることが豊かさだと思われているけれど、それがこの世界の矛盾をつくっている。つまり、社会的に成功した人たちが矛盾をつくっているんだよ。
自分の存在が他に貢献しないことは、自然にはあり得ない。ところが人間は、自然にはあり得ない矛盾を発生させることを豊かさだと思っている。その背景には、自分だけがいい思いをしたいという自我の心がある。そこと本当に人々が向き合った時に、傍を楽にするために働く、矛盾のない平等な世の中ができるだろう。
最も肝心なことは、近年の物質至上主義の価値観の中で、自らの行いが自分自身の霊的価値や地球生態系を汚染してきたことに人々が気付き、生命の本来の目的や、人として生まれてきた意味に目覚めること。自分が健康であるということは、世の中に対して責任があるということであり、本来健康とは、自分個人の都合のためにあるわけではないんだよ。今の世の中ではまったく逆さまの捉え方をしているけれど、これこそが21世紀の人々が目指すべき世界だ。
今はまだ多くの人々がこのことを理解できないけれど、このわからない生き方をしていることを誇りに思う。



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:03:36 | 显示全部楼层
生活的专家

把每天学到的东西在日常生活中反映出来是非常重要的哟。

现在,在自己身上发生的不好的事情的发信源,存在于那个人自身的精神性之中。比如身体疼痛之类的,那个原因存在于自己内心的状态之中,如果仅仅看成这里痛、那里痛的物理原因的话,从每天发生的现象学习,日常的理想的状态变成了别的东西。这种状态是产生新的烦恼的罪魁祸首。

物理的症状也好,心的状态也好,必须要能够把每天发生的事情串联起来考虑。如果疲劳的话,也有疲劳的原因。每个人好好地检点自己,让自己保持健康是非常重要的。因为人保持健康,为了他自己好,也是为了社会全体好。

现代,休息被认为是富裕(的象征)。很多人都认为有钱以及足够的时间来愉快滴度过休闲时光这件事是富有的。但是本来,生活就必须和富裕相连。

如果把休息当做富裕,极端来讲,“如果在生活中有空闲,休息就好了”,如果人们有这样的想法,那么挣许多钱然后轻松的生活就成为了生存的目标。但是那是没有和天以及自然相连接的生活方式。再一次,返回到天中生活。那样的生活才是自然的生活。

本来,在生活中没有休息日。宇宙的星星也好,地球上的生命也好,不休息的。休息是从人类扭曲的想法中生出来的,在富裕的延长线上存在的东西,是堕落的象征。

去活每一天,事情进展顺利,在对自己,对这个世界没有造成负荷的地方,有没有矛盾的富裕。

这里的生活,农忙期到来的话大家会忙起来。忙碌的工作是健康的,健康就是过没有浪费、不合理、矛盾的生活,自己的内心不起阻塞。如果哪里发生了阻塞,哪里就有思考方式和生活方式产生的矛盾。

应对那个矛盾,必须成为在每天的生活中认真注意微不足道的小事的人。这么做的话,事情就会进展顺利、流畅,在各种意义上变得健康。如果仅仅只学习表面上的知识,而不在生活上反应的话,没有被现象化的结果在头脑中被思考,然后认为可以的话,矛盾就会这样产生。因此每个人认真地检点非常重要哦。

像这里与自然共同存在的生活之中,有农忙期和农闲期。在那之中正是不合理的事情发生的时候才转换意识,过没有矛盾的生活。正是忙得没有空闲的时候,如果没有浪费,心思缜密的观察事情的话,就可以使事情做的流畅,在那里生出大的充实感。

如果不缜密的看那里的话,少量的浪费产生的时候,不合理的事情发生了,为了让条理看起来合理,就会继续做不合理的事情,然后就会变得疲劳。在那样的地方身体和心的矛盾产生了,心的话变得不满和有疲劳感,,身体的话变得有病,某处的状态恶化。消解那个矛盾的是,缜密的观察自己的心。

能做那样的事情的时候,人就能够真正健康的活下去。那是达人的领域哟。我们必须成为达人。那不是做了什么特别的事情而在他人面前出类拔萃,而是因为做事非常流畅、没有浪费效率高,能够清净的活下去。

我认为大家必须在生活领域成为专家。正是因为忙碌的时候,不断考虑那样的事情,以不浪费的心生活。正是因为没有浪费事情才顺利进展,在那里富裕产生了,能够清净的生活了。如果能做到那样,在生活上就可以感觉到富裕。

因此,不能让忙碌的事情仅仅以忙碌结束。接下来人们应该向那个领域前进。

在这里许多的人帮助互相,协作,在做平时做不到的事情。在那之中一个人如果带着阻塞的心和身体,那样会变得矛盾,不能对正在工作的人做贡献的事情。那是,只能说和发生不良影响、疾病蔓延的现代社会是同样的状态。

果然应该让自己的生涯一下子活蹦乱跳的健康的工作然后生活下去,真正的为了世界,为了自己。创造那样的世界很重要呀。然后我们就会为了学习疾病而起来,变成了少的东西。

在现在的世界之中,虽然有钱不劳动轻松的生活下去被认为是富裕,但那是在制造这个世界的矛盾。也就是说,社会的成功人士正在制造矛盾哦。

自己的存在对他人没有贡献这件事,对自然来说是绝不可能的。然而人类把对自然来说不可能的发生的矛盾认为是富裕。在那个背景中,有仅仅自己好就好了的小我的心。那里当和真正的人们面对面的时候,如果为了能够轻松的工作,就可以创造没有矛盾、平等的世界吧。

最关心的事情是,今年的物质至上主义的价值观之中,在自我的行为之中,人们注意到了自己自身的灵的价值和地球生态系污染的事情,对生命的本来目的和作为人生存下去的意义觉醒事情。自己健康就是对世界有责任,本来所谓健康,并不是为了自己个人的舒适哦。这个世界应该采取完全颠倒的方法去做,这才是21世纪的人们应该树立目标的世界。

虽然现在还有很多人不理解这件事,但是我以这种不知道的生活方式而骄傲。

5月18日

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:13:30 | 显示全部楼层
终于见面了呢
533晚会的最后,isadon被邀请说几句话,他是这么说的。
感谢你们为我庆祝生日,可以的话我想提些要求。
我们是依靠上帝在这个世界上活下去的。如果把那个忘了的话,我们就会仅仅为了自己而活下去。如果没有忘记上帝的话,我们就会凭借自己内心的驱动而活下去。我们为上帝所造,按照上帝的旨意生活下去是我们的目的。我们活着,最终肯定会迎来死亡。这是谁都无法改变的事情。(isadon一直在约定这个词,他认为我们按照造物主的意思活下去是我们和造物主的约定,我们活着,最终会迎来死亡,死亡也是我们和造物主的约定)死亡到来的时候,坦然迎接,然后继续下一个旅程是十分重要的事情。
当我想到旅行这个词的时候,在我脑海里总会浮现带有场景的话。
当人觉醒的时候,人会和从来没有见过的相遇并且感觉到强烈的合一感,当这种感觉发生的时候,“啊,是那样啊!”会发出这样的感慨。这就是我想到的场景和话语。
我们走的这条路(上帝之道)是生命中最应该被感知、最重要的一条路。如果把走上帝之道当成最优先考虑的事情,那么我们的人生会一直顺风顺水,到结束的时候会有十分的成就感。但是在人生的旅途中,人们不知不觉就会忘记上帝。为了让你想起来,你会遇到许多的问题。
那个时候,我想到了什么样的场景和话语呢?那就是,“终于遇到了呢!”这句话。当我碰到让我印象深刻的相遇的时候,我就在想“终于遇到了呢!”。并且,不管这种感觉有没有被传达,当谁终于在什么时候觉醒的时候,肯定会这么想“终于遇到了呢!”。所有的人都是上帝所创造的。因此,我的要求是,“哪怕等十年也得等(直到明白了上帝之道。文中用的是超越这个动词,超越十年的时间,我不知道怎么表达好,就用了等)”(大家,笑)
现在,有人说“等一万年也行”,又有人说“等一亿年、、、”“等了一亿年,我终于等到啦,觉醒啦!”(笑)
这首歌,是为了让人类觉醒生活在地球上的真正意义而创作的。因此,我认为是给21世纪人类的礼物。时代已经进入21世纪了,接下来歌曲的精神会被广泛传播吧。我认为所有人终有一天会觉醒。当人们经历沧桑,终于觉悟真性的时候,肯定会说:啊,终于遇到了。
现在在这里,杨子酱想给isadon送生日礼物,送什么样的礼物isadon才最开心呢,我们正在计划。杨子说:对isadon来说,最棒的礼物就是人类的觉醒。为了达到那样的境界,我们要继续努力,让我们再次复习以前所学到的吧!杨子的想法已经和我的内心很接近了。在我的心中,有人们觉醒、真实的感觉到在这个奇妙的宇宙中生存下去是人类的奇迹,所有的生命都在讴歌生命的尊贵和丰满的图像。然后,我的人生就是为了这个而活下去的。现在反观现实,人类离这个境界还十分的远。如果是这样的话,必须要在某个地方建立起天堂的雏形。
这(创造天堂雏形)就是我们这30多年一直在做的事情。我以前,从传说中出现的泉神社的氏神那里被告知了这句话:你就是为了这件事(建造天堂的雏形)而生的。因此,把这件事做完就是我的使命。人生活在这个地球上都有各自的使命,把自己的使命完成是人生真正的目的,人生的乐趣也在其中了。如果真是这样的话,我已经感受到人生的喜悦了。
今天,像这样的计划我根本不知道,现在听到了杨子说的话,我就想她是这么了解我的一个人啊。还有,这里的歌虽然不像流行歌曲被热卖,但是歌词却能够让人觉醒生命的意义。这里还有为歌词作曲的美香酱。我一直认为大家是齐心协力的。虽然我说的话很多,但是美香却能把我说的内容以歌的形式表达出来。之前我还挺嫉妒美香的,但是如果我现在能够一个人作词作曲、跳舞的话,并且连英语也会说的话,杨子和美香就不会存在了(大家,笑)(好感动啊!)
如果这么想的话,我们就知道为什么上帝要创造那么多的生命,并且每个生命的个性都不一样了。从这个意义上来讲,人不能把所有的东西都熟练掌握。这也意味着大家应该把力量联合起来一起去做一件事。这样说来,每个人作为宇宙迷之剧本的一个演员,分别去完成各自的任务,这个过程就是演员和演员相遇的过程。,每个演员都是独一无二的,他人无法代替。然后,当人终于演出完美,遇道合一的时候,就会涌出“啊,终于遇到了”的感情。
当人把自己的角色演出完成的时候,人们就会明白:这就是我人生的意义,是早已约定好了的。每个人都尽情地绽放天性的话,整个世界就会五彩缤纷。所有的生命都紧紧相连,地球、宇宙就会回到最初光明绚烂的日子。那是我们本有的状态。
今天53日是宪法纪念日。每年的宪法纪念日都会有宪法议论的报道,今年的报道有些过激了。因此,接下来是到了每个人认真地考虑这个国家应该如何发展的时代了。
32岁的时候,看到了如下内容。某天,管理这个国家的人会来这里找我谈话,问我问题。我们为了这个国家的繁荣以及人们的幸福,已经尽心尽力了,可是无论怎么做,好像都做不好。到底怎么做才能让国家真正繁荣呢,我们为了得到提示,就来到了这里。听说这里的人生活得十分理想,我们想问到底怎样才能正确的治理一个国家?面对这个问题,我是这么回答的。要治理好一个国家并不是要建立制度。请看这里的自然。还有,请看看住在这里的人的心灵。如果拥有一颗纯净的心灵以及顺自然而行的思考方式,就能治理好一个国家。
如果不从地球全体的和平考虑,那么每个国家,每个地域,每个家庭都不会有和平。因此,现在是人类从地球意识转变为银河系意识的时代要到来了。地球不是仅仅作为一个天体而存在的。虽然我们每天在生活,但这种生活从宇宙来说,难道不是一个奇迹吗?现在该是真正理解生活的价值的时候了。
在宇宙中没有像地球这样的星球。除人类之外也没有像人类这样的生命。因此,作为人在地球上生存,是宇宙的奇迹。这对每个人来说都是珍贵的、重要的。
现在,我对走这条路没有疑问。这是天之道,是领受了天命的人走的道路。因此,地球不会走出自己的跑到,明白了天命的我也不会不履行自己的任务。
可以确定的是,当我们完成上帝托付给我们的任务的时候,超越我们想象的世界就会出现。那个世界,我自己没有经历过因此不知道。我只是知道有这样的一个世界。真希望这幅肉体能在某个时刻进入横向时空,去领略另一个世界的美丽。今天,我从大家的意识中感应到了大家想要去的地方。谢谢(大家,鼓掌)!

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:16:04 | 显示全部楼层

533(いさみ)ナイトより③「どんな大海を行く者も その始まりはふるさとに降るしずく一滴より始まることを忘れるな」
僕が30歳でお釈迦様との出会いをいただくようになってから、宇宙の真理や人のあるべき生き方を世の中に広める場を創ろうと思っていました。そんな僕に対して父親は、「夢というものは見るものだ。そして夢というものはいずれ褪せて、それがはじけるものだ」と思っていたようです。僕のプランは40歳でお金儲けをやめて、日々を世のため人のためにお返しする人生を始める、というものでした。そしてその日が近づいてくると、父親の予測とは逆に、どんどん僕の想いは熱くなっていったのです。そして、僕が40歳になって、いよいよそれを実現しようということで、仕事を辞めて両親のところへ行き、両親の面倒をみながら、農業の勉強をし、人々にもそういった心を伝えていこうと自分の生まれた土地に移り住んだのです。
当初、僕が田舎へ戻ったことを両親は喜んでくれていました。ところが、僕が思っていた親孝行と、両親が考えていた親孝行には大きな違いがあり、両親は息子が商売でもっとお金を得て、豊かな生活をするというような一般的な価値観を自分たちの喜びとしていました。しかし僕は、世の中が良くなって、みんなが助け合って暮らせる幸せで平等な社会を創りたいと思い、そのために自らが生まれた土地を活かしていこうと考えていたのです。その結果、両親は僕の理想を理解できず、悩むことになってしまいました。
ある日、父親は僕にこう問いかけました。「おまえな、世の中のためって言うけど、日本にはどれほどの人がいると思うんだ。ましてや、世界にはもっと沢山の人がいるぞ。おまえ一人そんなことを言って、世の中が変わるか?」
そこで僕はこう答えました。「そういう親父のような人が世の中に沢山いるから、世の中が変わらないんだ。そういった人の理屈では確かにそうかもしれないけれど、塵も積もれば山となるというように、そんな人ばかりいるから、今の世の中のようになっているんだ。だから、人にどうしろということは当てにならないが、自分の行いだけは自分の責任で、ひとり分だけ世の中を変える!それは、絶対に出来る!そうしたら、それを見ていた人がわたしも!と言って変わっていく可能性が生まれる。そして、それが広がっていけば、いずれ70億の人が皆そういった考えに変わっていく可能性につながる。もしも、自分がそういった考えを持っていながら、それを怠ったら、すべての可能性が消える!」と伝えました。そして心の中では、「僕がひとりその志を持っているにもかかわらず、親に言われたからと言ってやめてしまったら、世の中は変わらない!」と思っていました。そうしたら、父親は「おまえってやつは、ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うといって、どうしようもないやつだ」ということであきらめてくれました(笑)。
その後、ある朝、僕が2階の部屋から下へ降りようとしたら、両親が下でテレビを観ながら話しているのが聞こえました。二人は「どうしたものか。世間の人が息子を見たら、いい若いもんがどこか具合でも悪いのだろうかと思ってやしないだろうか・・・」と悩んでいたのです。それで僕は父親にこう伝えました。「僕も40歳を過ぎたんだよ。そうしたら、早い人は孫もいるよ。僕はもう子どもではないのだから。親父だったって、若い頃は父親の言うことは聞かないで、『俺は筋を通してきた』って言っていたじゃないか。僕も40歳を過ぎたのだから、『老いたるは子に従え』という言葉があるように、子どもの方針を認めて、それに賭けてみたらどうだ」と言いました。しかし父親は、息子の人生イコール自分の考えの延長にしたかったのです。そのあたりで、父親の考えと自分の考えが違っていたことが明らかになってきました。
僕としては、家長制度が壊れていく本家の古田家を盛り返すということと、平成の二宮金次郎が世の中に現れてもいいだろう、という想いでふるさとに戻ったのです。そして、ふるさとで人のあるべき生き方を世の中に広める場を創ろうと考えていたのです。
しかし、父親の想いを受けて、僕は気が付きました。自分は親孝行をしていたはずなのに、与えようとする意識とそれを受け取る意識の価値観が違うがために、親不孝をしていることがわかったのです。親孝行や人を想うことは、相手と通じたときに価値があるのです。どんなに相手を想う心であっても、それがいかに尊くても、相手と通じなければ意味がないと考えたときに、自分は間違っていたと気付きました。その極めつけとして、「自分は世のため人のための人生を生きると言っておきながら、結局自分の先祖や両親を優先して考えていた。ここにも我があることを知って、天はこの我も取りなさいと教えてくれているのだ」と気付き、親元を離れ、富士山へ行き、この生活をしようと決意したのです。
このようにして、ふるさとでの理想郷づくりを半年で断念した僕は、ふるさとを出発する当日、その志を滝神社の氏神様に報告しに行きました。そうしたら、氏神様から次のような言葉が降りてきました。「そなたのことは、上の神様より聞いておった。そなたがここに来て、わたしを盛り立ててくれることを喜びとしておった。だから、まさかここで別の地へ行くとは思わなかったが、それは理解できる。旅立ちのはなむけに、言葉を送る。どんな大海を行く者も、その始まりはふるさとに降るしずく一滴より始まることを忘れるな。」そこで、僕はその意味をこう解釈したのです。「この言葉の奥には二つの意味が隠れている。一つは、氏神であるわたしがそなたの魂の親であることを忘れるな。そして、そなたは肉の親とは心が通じなかったと思っているかもしれないが、そなたのふるさとである両親のことを忘れるな。」
それから月日が経ち、僕が42歳で富士山麓に移住してから、父親は持病が悪化し入院していました。僕も時々富士山から岐阜の病院へお見舞いに行っていたのですが、父親と僕の間には心の壁ができていました。父親からすると、最高の息子ができたと思って僕に賭けていたのが、自分の思惑と違う息子の生き様を見ていつも悩んでいたのです。父親が亡くなる1週間前、僕のいないときに父親はおふくろにこう言ったそうです。「おい、もしかして、あいつの言うことのほうが本当かもしれんな。」そう言って、父親は亡くなっていきました。
しかし、僕には不満でした。「わかるのであれば、生きている間にもっと明快にわからなければいけない。そんなツケを残したような形のわかり方ではダメだ」と思いながら、父親の葬式の日が来ました。僕は父親が生きている間にそれを伝えたったのですが、何しろ死ぬ間際でしたし、昔の人にそのようなことをわかれとは言えませんでした。しかし、肉体がなくなって魂だけになれば、親子ということではなく、魂同士で思う存分伝えられると思ったのです。それで、昭和天皇様が亡くなられたときに声をかけたように、僕は父親の葬式が終わってみんなが帰っていった後、仏壇に向かって、「親父、何もして行かなかったな。古田家は、後は自分のことばかり考える兄弟たちだから、もう決着がつかなくなる。あなたは筋道を通すと言うわりには、何も筋道を通さずに終わったじゃないか」という意味で、父親に死んだ心境を尋ねました。死んだ限りは僕と対面すれば、僕の心が何ものかがわかると思って語りかけたのです。そうしたら、父親はこう言いました。「俺にはようわからんがな。でも、これで良かったそうだぞ。」
そのとき、父親の魂の上を観たら、そこに光が観えたのです。それで、「父親は光を観たのだ」と思い、僕は気付きました。父親は自分が誇れる最高の息子を得たと思っていたのに、ガッカリして旅立っていったのです。ところがそうではなかったということと、僕は僕で「このケジメをつけない人は何なのだ!」と思っていた人が、実は神様の使いだったのだと気付き、お互いに発見したのです。
そのときに僕はこう思いました。「どんな人であっても他人というものはこんなに赤裸々に人間の愚かしさや矛盾を見せてはくれない。しかし、僕の両親が本当に赤裸々に人間の矛盾を見せてくれたことによって、自分は人というものを学ぶことができた。両親が無理解だったからこそ、自分は大きな道を歩めるのであって、もし両親が自分の想いを理解してくれていたなら、自分はこの小さな山の中で暮らしていたかもしれない。そうしたら、僕の人生はまったく別のものになっていただろう」と。ふるさとにいることと、大海を行くことの意味はまったく違うのです。
だから、すべては神の成せる業だと気付きました。思うようにならないことも、思うようになることもすべて、天の意志なのだと。しかし、そのようにこの世界を受け取っていないと、わたしたちは都合の良いことだけを天の意志だとしてしまうのです。
しかし、真実は、自らの襟を正して生きていくことが大切です。そして自分が生きた結果、世の中が襟を正していく ―― それが真の生き方です。



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:27:06 | 显示全部楼层
无论去什么样的大海旅行,别忘了我们是从故乡的一滴水开始的

从我30岁与释迦相遇以来,我就试图建造一个传播宇宙真理以及人正确的生活方法的地方。但是老爹却这么认为:梦想只是看看的。而且梦想总有一天会褪色,是不会长久的。我的计划是40岁开始停止挣钱,转而为这个世界,为人类做贡献。当那样的日子接近的时候,我的状态和父亲的预测相反,梦想变得越来越热切。之后,当我40岁的时候,终于可以实现我的梦想了。我把工作辞了,去了父母住的地方,一边照顾父母,一边学习农业知识。也试图向别人传达自己的想法。

一开始,当我回到乡下的时候,父母都非常高兴。可是,我认为的孝敬父母的想法和父母考虑的不一样。父母认为我经商去挣更多的钱,过上更富裕的生活是对他们的孝顺。但是我想让这个世界更美好,想创造一个大家互相帮助、平等的社会。为了这个目的,我就想现在自己出生的地方先做实验。可惜结果父母无法理解我的理想,为我的事情感到烦恼。

某天,父亲这么问我:你小子啊,居然说为这个世界着想,你知道日本有多少人吗?更别说世界了,还有更多的人。就凭你一个人,想改变世界?

然后我这么回答的:就像你说的,世界上人太多了,一个人无法改变这个世界。这句话听起来好像是正确的,但是俗话说积少成多,正是每个人在不断的积累,世界变成了现在这个样子。因此,虽然一个人的力量是薄弱的,但如果人们对自己的行为负责的话,一个人就能改变世界!那是,绝对可以做到的!如果这么做了,看到这些信息的人会说“我也想!”然后就会有改变自己的可能性。再之后,范围不断扩大,早晚70亿人都会注意到,然后去改变自己。但是如果自己信念不坚定,不持续的努力的话,所有的可能性就消失了。在我的心中,不管我有没有改变世界的志向,如果按你们的意思停止做的话,世界就不会改变。把这些话和父亲说了之后,父亲说:“你小子,我说东,你偏说西,我说西,你偏说东,真是不成气候的家伙。”然后就放弃和我争论了。(笑)

从那之后,某天早上,我正从二楼下楼的时候,看到爸妈边看电视边讨论我的事情。“可怎么办才好啊!其他人看到我们的儿子,年纪轻轻的,是不是哪里有毛病啊,是不是我们亲生的啊、、、”为我的事情烦恼。然后我就跟老爹这么说:“我已经过了40岁了。这么说来,结婚早的人的话孙子都有了。我已经不是小孩子了。毕竟是老爹嘛,年轻的时候我不听你的话,你也说我是个通情达理的人啊。我已经过了40岁了,俗话说人老了就要顺从孩子,你就认同我的想法吧,在我身赌一把如何?”但是父亲却说,孩子的人生就相当于自己生命的延长。这件事情之后,我和父亲想法的不同就更加明显了。

我想恢复户主制度已经被破坏的古田家,想让平成的二宫金次郎再次在世界上出现。然后就回了老家。接着,我心里就在计划在老家创造一个宣传人正确生活方式的地方。

但是,考虑了父亲的想法之后,我注意到了一件事。我本来是想行孝的,但是我给父母灌输的意识和他们的价值观不一样,结果变成了行不孝。只有和父母同频的时候,做的事情才有价值。否则无论你如何为父母着想,只要你做的方式他们不认同,那就没有任何意义。想到这里我才发现我错了。还有,本来我是想为了引导人类而活下去的,结果却优先考虑自己的父母。在这里我知道了自己还有私欲,这是老天让我发现的。随后我离开了父母,去了富士山,决定做自己真正想做的事情。

就这样,想在老家建造理想乡,半年之后丢弃这个念头的我,从老家出发的当天,我就把自己的志向向泉神社的氏神大人报告去了。之后氏神大人这么回答我的:你的事情,上面的神灵已经知道了。你能到这儿来,我很高兴。你只想过在这里建造理想乡,而没有想过别的地方是可以理解的。作为旅行的饯别礼,送你一些话。无论去什么样的大海旅行,别忘了我们是从故乡的一滴水开始的。之后,我是这么理解这句话的意思的。这句话隐藏有两个意思。一个是,氏神是让我别忘记他是我灵魂的亲人。虽然你和肉体的亲人(父母)心意不能相同,但是不要忘了他们。

之后又过了很长时间,我42岁的时候移往了富士山下,之后父亲的病情恶化住院了。我有时候从富士山回来,到岐埠的医院看望父亲。但是我和父亲之间还是有隔阂。父亲想把我打造成他认为最棒的儿子,但是他的想法和我的想法不一样,他就总是为此烦恼。父亲去世一星期前,我不在的时候父亲跟母亲这么说了:“哎,难道说,那小子说的话是真的?”说完之后,父亲就去世了。(感觉好伤感那)

但是,我还是不满足。要是早点知道就好了,还在活着的时候必须要弄清楚。不能就这么糊里糊涂的过下去。之后我参加了父亲的葬礼。我在父亲活着的时候告诉他要把所有的事情弄明白,不能糊里糊涂的活下去,但现在他已经去世了,再也不能像以前那么说了。可是肉体死了灵魂依然在,我们不再是父子,而是灵魂伙伴,我会用灵魂尽量向他传达我的思念。

之后,像昭和天皇去世时哭泣那样,我在父亲的葬礼结束、大家都回去了之后,面向佛坛,心里对父亲这么说:老爹啊,你啥都没做就走了啊。古田家还有一堆只为自己考虑的兄弟,事情不会就这么结束了。虽然你是个讲道理的人,但是你什么道理都没懂就走了不是吗?

就这样,我在体会父亲死时的心境。如果死去父亲的灵魂能和我碰面的话,他应该能明白我的心。如果这是这样,父亲会这么说:“我是什么的不知道,不过这好像也挺不错的。”

那个时候,在父亲的灵魂上,能看到光。之后,我想:父亲在看光。之后就发现了。父亲想把我打造成它最得意的儿子,但是结果却失望的离开了。

那个时候我这么想。不管什么样的人,在他人面前不会赤裸裸的表现人类的愚蠢和矛盾。但是,我父母就真的赤裸裸的表现了。从父母那里我学到了做人的道理。正是因为父母不理解,我才能更加坚定的走我想走的道路。要是父母理解了,我说不定还在这座小山内生活呢!(厉害厉害,我们以前好像都认为求道的时候父母阻拦是件坏事,但isadon认为这反而能更加坚定我们的求道之心,如果一切都顺风顺水的话,说不定都求不到道了)如果是这样的话,我就会走另一条人生之路。在老家混吃等死和去领略大海风光有完全不一样的意义。

因此,我发现这(父母阻拦)全都是神灵给我安排的课程。和期待不一样的事情,和期待一样的事情,全都是天的意志。但是,如果不能完全领会的话,我们就会仅仅认为发生在自己身上的好事是天的意志。
但是,无论自己身上发生了什么事,有一点不会变,就是修正身心走上帝之道。这就是正确的生活方式。

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:28:29 | 显示全部楼层

533(いさみ)ナイトより①「3ばかりの通知表」
5月3日はいさどんの誕生日。1951年5月3日の午前3時頃、岐阜県美濃の地にて古田家に三男坊が生まれました。5月3日生まれの三男坊、すなわち「5・3・3」ということで、当初は「伊佐美」という名前が付けられようとしていたいさどんですが、父親が役場に出生届を出しに行った際、役場の受付の人から「これは伊勢の伊ですね・・・それよりもこちらの偉のほうがいいじゃないですか」と言われ、「偉佐美」と命名されることになったのです!頑固者で人の言うことをあまり聞かないいさどんの父親が役場の受付の人に言われただけで、簡単に名前につける字を変えるなんて、ある意味信じがたいことです。しかし、神様は役場の受付の人をも使って、天の意志を地上に現したのです。
今、いさどんは自らの名についてこう振り返ります。「偉いという字がついたことで、僕には昔からプレッシャーを感じることがありました。自分のことをたいして賢いとも思わないし、たいして立派な人だとも思っていなかったので、名前がプレッシャーになることもあったのです。しかしいつの頃からか、自分はこの字をもらう宿命だったと思うようになりました。そして、この字でなければ、イサミのイはヒフミヨイのイ(五・位置という思念)になるのです。それに対し、ヰ(偉)はヒフミヨイムナヤコトという物事の始まりから終わりまでを悟った最終段階の状態です。昔はその字をもらったことをプレッシャーにも感じてきたのですが、今はその仕組みを語れていると思うのです。」
533ナイト
5月3日の夜はいさどんへのサプライズプレゼントとして、「533ナイト」が開催され、いさどんの人生をファミリー皆で振り返り、一人ひとりがこの生き方に対する志を再確認する場がもたれました。今回は、その夜にシェアされたいさどんのエピソードを3つご紹介します。

「3ばかりの通知表」
実は、僕は死にたいと思ったことがあるのです。それは、小学校5年生のときでした。僕は6人兄弟の5番目なのですが、僕に近い兄弟である上のお兄さんとお姉さんは結構勉強ができたのです。僕の小学校のときの通知表を見ると、3ばかり並んでいました。それで小学校5年生のときに家庭科の授業があったのですが、僕はこういう人ですから、「男に家庭科なんて必要ない!なんで男がぞうきんを縫ったりしないといけないんだよ!」といった男気がありました。ですから、ぞうきんを縫ってくることが宿題で出されたときに、とてもむかついた記憶があります(笑)。それで、縫い目を大きくして、がばっがばっと縫っていったら早いじゃないですか(笑)。それを提出したら、その年の通知表には家庭科に2がついていたんですよ!初めてあひるをもらって、それが僕にはとてもショックでした。僕は理数系でしたから、算数と理科だけは時々4をもらっていたのですが、なにしろ3ばかり並んでいました。通知表がすべて3だったときもありましたね。
そうしたら、父親がその通知表を見て、「おまえってやつは3ばっかだな」と言ったのです。3ばかりというのはある意味喜ばしいことでもあると思うのですが、そのときの僕には「とりえがない」と受け取れました。「とりえがない、だから不必要だ」と思ったのです。そうなると、「自分には生きている価値がない」と思うようになったのですから、思い込みは恐ろしいものですね。それで、物置へ行って何を使ったら死ねるか真剣に考えてみたり、川へ行って深いところへ飛び込んだら死ねるかなとか、でもそういえば自分は金槌だから本当に死んじゃったらどうしようと思っちゃったりして(笑)。寒いだろうなとか、苦しいだろうなとか、何か刃物で傷つけたら痛いだろうなと思いながら、さてどうやったら死ねるかと真剣に悩みました。
僕の人生の中では、それ以外死にたいと思ったことはありませんね。ずぶとくなりましたからね(笑)。ですから、いさどんでも真剣に死にたいと思ったときがあるのです。死にたいと思うのは自我の強い人間の特徴なのです。しかし、死んでしまったら、元も子もありません。死にたいと思うのは自分に囚われているからです。誰かと比べたり、よくあるのは自分に意識が行き過ぎてしまうと、他の人の目が気になるのです。そうすると、みんなの目線が自分のところに向いていると思ってしまうのです。
僕はこうやって人前で話すようになりましたが、小学校の高学年から中学校にかけては対人恐怖症で絶対話せませんでした。富士山に移住してからも、いろいろなところへ呼ばれてお話しするようになりました。たとえば会社の経営者の集まりに呼ばれることもあったのです。そうすると、「話を聞きに来る人は優れた人たちだ」と自分で勝手に想像して、プレッシャーを自分にかけていくのでした。たくさん人がいることに対して、それを漠然と見ていると、「みんな優れた人たちなのだろう」と思ってしまうものなのですが、実際一人ひとりに会って話してみると普通の人たちで、そういう場所ではみんな背伸びをしてかっこつけている人が多いのです(笑)。そのことに気付いてからは、自由に話せるようになりました。ところが、多くの人たちは、自分でつくり上げた縛りを取って自由に話すことがなかなかできないのです。だから、僕の話を聞きに来ていることに気付きました。それで聞いている人たちが、「あの人はすごいなあ!」と思うようになるのです。
しかし、こちらにいることもそちらにいることも、たいして変わらないのですよ♪僕にはそのカラクリがわかったのです。ほとんどの人は内にある秘密を話しませんよね。そこで、僕が前へ出て馬鹿話をし、なかなか人前では話せないような話をしていくと、自分を隠して良く見せようと思っている人たちは、「あの人は自分にはやれないことをしている!」と思うのです。これは、ほんのちょっとの意識の違いです。みなさんもそのカラクリに気付けるといいですね♪

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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:31:20 | 显示全部楼层
只有3分的成绩单
53日是isadon的生日。195153日凌晨3点,岐埠县美农,古田家的第三个儿子出生了。53日出生的第3个男孩,也就是“5·3·3”了。当初家里人准备叫他“伊佐美”的,但是当他爸爸去办事处递交出生表的时候,办事处的人就说:“这是伊势的伊呢,比起这个“伊”,伟不是更好吗?”他爸爸听完之后觉得很有道理,就改叫他为“伟佐美”。他爸爸是死脑筋的性格,别人说的话从来不听,但只有起名这件事,他十分的慎重,他觉得名字对命运的影响很大,因此起什么样名字非常重要。然而,表面上看来这是他父亲做出的选择,其实是神灵暗箱操作,让办事处的人给他起名为伟佐美。

现在,关于名字这件事,isadon是这么说的:关于我名字中有个“伟”字,我之前是感到很有压力的。因为我不觉得自己聪明,也不觉得自己伟大,给我起个伟字,我好有压力呀。但是不知道啥时候,我开始觉得这个字就是我的宿命。并且,如果不是这个字的话,伊佐美的伊就成了ヒフミヨイ可能是佛教用语)的伊(五·位置的思念)相对于“伊”来说,伟是ヒフミヨイムナヤコト应该是佛教用语)的开始到结束,开悟的最后阶段。原来我对这个字是感到有压力的,但是现在我已经能够讲解姓名组合的奥秘了。

53日是isadon的生日,我们为了给他惊喜,就为他举办了533晚会。这次我们截取三个有趣的小插曲来和大家分享。

其实,我有想过死(我也有过,尤其2014年,呵呵)。那是我小学5年级的事了。我老妈一共生了6个孩子,我是第5个出生的。我老哥和老姐们学习都非常好,而我不行。小学学校发成绩表的时候,他丫的我只得了3分。5年级的时候有家政课,我是那种“男人的话不需要上家政课,为啥男人也必须要缝那些破布呢!”的有大男子主义的人。因此,当缝抹布被设置成家庭作业的时候,我感到十分的恶心。(笑)结果那年的家政课我只有两分。第一次尝了鸭蛋(原来他们最低是两分呀,挺给面子的)的滋味,当时我就震惊了。我自从学理科以来,算数和理科有时能拿到4分,但一般情况下就全是3分。成绩单上有时候就全是3分。(与3真有缘)

之后老爹看了成绩单就说:“你小子全是3呢”。全是3在日本文化中是有吉祥的意义在里面,但是那个时候我认为老爹是说我没用。既然没用的话,那我也没有活下去的价值了。(我靠,感觉好早熟啊,才十一二岁就想到活着的价值了)然后我就想,干脆跑到库房里找个什么东西来自残吧,或者跑到小河边往深的地方跳,会不会死呢?后来又想自己是旱鸭子,真的死了的话该怎么办那(o)?再之后就想把自己冻死吧,或者累死吧,再或者用什么东西砍自己让自己痛死吧。到底该怎么死呢?很烦恼。

在我的人生中,除了因为这件事想死,因为其他事情想死的都没有。脸皮很厚吧。(笑),因此,即便是isadon,也真的想过死呀。想死是自我比较强的人类的特征。但是真死了就赔本了。想死是自己在囚禁自己。与别人比较,经常发生的事情是自我意识过强以及在意别人目光。这样,人们的我执就会增强。

别看我现在能够很自然的在大家面前说话,其实我小学五六年级开始一直到中学都对人恐惧症,不敢和人说话的。自从移居富士山,被各种各样的人叫到,我才慢慢变得能说了。之后我想当然的认为来听我讲话的都是无比优秀的人,然后面对他们的时候我就有压力。后来面对很多人的时候,我就先无视他们,然后想他们是不是真的优秀?后来我和他们一个个谈话的时候,我才发现他们装逼的人比较多,真正有实力的很少很少。发现了这点,我就能够自由的讲话了。然而,大部分人因为背着自己做的思想包袱,不能自由的说话。因此,看到我滔滔不绝的说的时候,就想:这个人好厉害呀!
但是,无论是这边发生的事情还是那边发生的事情,并不会发生很大的改变。我知道其中的原因。人们基本上是不会说出心里的秘密的。对那种说瞎话说大话以及把自己藏以来冷眼旁观的人,我认为他们是在逆道而行。如果你们也能不为表面的花言巧语所迷惑,看到其背后的意义,就牛逼了。



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:32:28 | 显示全部楼层

533(いさみ)ナイトより②「信じる心で生きていく」
僕は30歳のときにお釈迦様との出会いをいただくようになり、その後育っていくためのいろいろなプロセスを経て、32歳からたくさんの人々を対象によろず人生相談を受けるようになりました。何でも相談を受けるということは、僕がどのような話にも乗っていくからです。たとえば会社の経営が上手くいかないとか、人事をどうしたらいいかとか、進学・就職・恋愛問題はもちろん、家庭不和・子育て・病気の相談まで何でも相談に乗って来ました。あの当時不思議だったのは、僕は自分で答えている意識がないのです。口が勝手に動くのです!お筆先ではなく、僕の場合は「お口先」でしたね♪今でも時々そんなことがありますが、話していると新しい発想が湧いてくるのです。そうすると、自分がそこから学びながら話しているときがあります。当時はまったくそうでしたね。だから話したくて仕方がないのは、自分の口から出てくることを学びたかったのです。
そのときに、自分の口から出てくることを学ぶのですが、そこには未熟な自分もいて、囚われた自分がそれに抵抗するのです。ですから、降りてきた発想は優れていることばかりなのですが、それを自らに囚われて受け取れない自分に苦しんでいる時代があったのです。31歳から33歳の2年ぐらいはとても辛い時代でした。当時は苦しくて、ひとりになると毎日泣いていましたね。泣くどころかもっとひどいときは、自分の頭を自分のこぶしで殴ることもありました。でも、それは頭が痛いだけで、何の解決にもなりませんでしたけどね(笑)。
当時、特に夜、仕事の帰りにひとりで車に乗っていると、車の中でしょっちゅう泣いていました。時間が遅くなればなるほど、道路を走る車の台数も少ないので、まわりを気にすることなく、いろいろと想いを巡らせていました。そうやって自らの想いを巡らせ、それに対して天から答えをいただくと、そこに抵抗する自分が出てきて辛くなるのです。それで車を走らせながら、「わーーーっ!!」と大声をあげながら、顔は涙でくちゃくちゃになることもありました。そういったときに赤信号で止まると、たまたま隣に止まる車もいるのです!僕がすごい顔をしているので、隣に止まった車に乗っている人は僕の顔を見て、「えっ?!何あれ!!」と驚いていることもたびたびありましたね(笑)。
そのような日々を送っている中で、ある日の午後、僕は県道春日井・岩倉線の延長に岩倉から一宮に抜ける道を東から西へ向かって走っていました。一宮に入って間もなく、名古屋から岐阜に向かう国道22号線(通称名岐バイパス)の交差点に差し掛かり、赤信号で止まったのです。正面右向こう角には名岐ボールがありました。そこへ差し掛かる少し手前から、僕は天に向かってその当時自分が抱えていた天に対する不満を投げかけていたのです。
「わたしはこの道をいただき、その道が尊くありがたいことであることを自覚しています。ですが、わたしはその道をいただき、未熟者ゆえ、今苦しんでおります。もし、あなたがわたしにその道を選ぶことを尋ねてくれていたのであれば、わたしにも選択肢があったはずです。しかし、あなたはわたしに何の投げかけもないままに、わたしはこのような道を与えられたのです。それにはすべて同意の心を持っているのですが、一方で自らの囚われに執着する自分がいて、毎日苦しんでいるのです。わたしがこのように辛い想いをしていることはおわかりになるでしょう?もし、最初にわたしに断ってくれれば、わたしにも選択肢はあったはずです。それなのに人を無視して!!何ということをするのですか!!」と不満を言っていました。(そのときちょうど、名岐バイパスの赤信号で止まりました。)
するとお釈迦様から一言、こう返ってきました。「ならばこの道、やめるか!」
それを聞いて、僕は次のような感情が湧いてきました。「何を言っているのですか!!この世界にこの尊き道を知らずして行かぬ者はたくさんおります。けれどもひとたびこの尊き道を知って、行かぬ者がおりましょうか。あなたは何を言っているのですか!!わたしが不満を言うからと言って、やめるということはないでしょう!わたしは絶対にこの道をやめません。どんなに辛くても、やめません!でも、わかってもらいたいのです。わたしは今、辛いのです!!」
よく考えてみたら、「それなら不満を言うな!」ということなのですが(笑)。しかし今、僕がそれを逆に与える側からの目線で観たら、「だからおまえ、超えられないものを超えればいいのだろう?おまえはそれをやめたくないのだろう?」ということなのです。「やめたくなくて、それを超えたいのだろう?」と問われれば、「はい」ということになります。そうしたら、「超えられないと言って苦しいのは誰のせいなのだ?」ということになりますね。みなさんも自分のことのように思いませんか?僕にもそういう時代があったのです。31歳から33歳の2年間はそのような時代でした。
みなさんは幸せですよ♪なぜなら自分のぐだぐだを聞いてくれる生の者がいるのですから。(いさどんは自分を指差しながら)これは生ですよ♪しかし、僕に降りてくるものは得体が知れないのです!これは悪魔かもしれませんよ。そういった不確かなものに対して、僕はこの道を歩んできたのです。「信じる」ことがどれほど難しいか。それが降りてきたときに、僕の中には疑う心があったのです。疑う心があっても、この道は絶対やめてはいけない――と思いながらこれまで歩んできました。
それは僕たちが富士山に移住してきたときも同じです。この意味のわからない生活を始めて、これがどうなるのかなんて、まったくわかりませんでした。どこの農家でも息子に農業を継がせたくない時代に、若い女の人が農業をやっているだけで、「畑に20歳の女の子がいるから変だ!」と言う人がいたり、世の中が核家族になっていく風潮の中で、「集団で暮らしているから変だ!」と言われることもありました。当時の日本は何でも既製品の時代でしたから、変わったことをやると変だという時代だったのです。しかし、僕たちはいくら変だと言われても、まったくわけがわからなくても、大切なのだという心だけでここまで歩んできたのです。それが「信ずる」ということです。
答えがこうだったらやってもいい、という考えは信じていることにはなりません。ある意味、僕は不幸でしたね。何しろ、自分の歩んでいる道に確信があるわけではないのですから。僕が30歳のときに黄金のブッダが現れたとき、なぜそのようなものが僕のところに来るのか、意味がわからない。尊いとは思うものの、自分にそれだけの価値があると思わないし、ではなぜ僕のところに来るのか。僕の通知表はすべて3だったのですよ(笑)♪死にたいくらい、とりえがなかったのです。それなのに、そのような尊いものが僕のところへ来たのです。しかし、尊いことを図れる秤はありません。そこにある、それだけで尊いのですから、理由はないのです。
僕はひたすらわからない道を歩んできました。わからないけれど、いつも大切だという心で歩んできました。そして歩んでいった結果、その答えがいつも用意されているのです。だから、答えは歩んでいった先にあるのです。とかく人は先に答えをもらってから歩もうとしますが、それでは信仰の境地に到達できません。まず先に、信じてから進まないといけないのです。
これは生の話です。オリジナルな話です。どこかの本に書いてある話ではありません。イエス様でもお釈迦様でも、このような聖人と呼ばれる人たちは皆、物語になってしまっているのです。しかし、僕は知っています。この人たちは怒りもしたし、悩みもしたし、苦しみながら生きていたことを。生の人間をやりながら歩んでいったことを。
だからどこかで僕は、それが前人未到の道であるならば、先を行く者の辛さがわかるのです。逆に言えば、それだけやりがいがあるのですよ♪それを大切だと思えば、誰もやっていなくても、後から来る者たちのために自らの人生を賭けることができます。そこでは、自分のための道はないのです。あるとしたら、自分の人生が終わったときに、やりきったという満足感が自分のための道だと思います。

by 木の花楽団



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 楼主| 娇娥 发表于 2017-5-10 12:32:55 | 显示全部楼层
抱持信念之心活下去

30岁和释迦相遇之后,为了让自己成长,接受了许多培训,32岁起开始为许多人解读人生。我什么话题都接受、都能谈。比如公司经营遇到问题的事情、人生该怎么过、升学、就职、恋爱问题、家庭不和、子女教育、生病等等。当时不可思议的是,我没有回答的意识。嘴自动说起来了!不是笔先动,我是嘴先动起来了。现在有时也会出现这种情况,新的想法不断涌现出来。之后我就边说话边学习自己嘴里说出来的话。(有意思,神灵附在他身上,借他的嘴说话,他自己没有那样的意识,就学习。旁人看了会奇怪,怎么自学习自己呀)

那时,虽然我在学习神灵的话语,但是在我体内还有未成熟的自我,这小我在抵抗神灵。因此,在我脑海中出现的虽然都是十分好的想法,但是对小我来说那是十分痛苦的。因此从31岁到33岁我活的很辛苦。当时十分痛苦,每天都抱头痛哭。实在忍受不了了我就敲自己的头。但是敲完之后除了头疼之外啥问题都没解决。(笑)

当时,特别是夜晚,干完活下班开车回来,经常在车内独自落泪。因为时间比较晚了,路上车也不多,我就不管周围了,一边开车一边梦游。梦游的时候就能接收到来自天的意识,然后小我就抵抗那些意识,然后我就好难受。之后开车的时候我就“哇啊啊啊啊啊啊”的大叫出来,边叫边流泪。然后遇到红灯的时候就停下来,有时候旁边也有车停下来,因为自己的样子十分的滑稽,车里面的人看到我就震惊了:这人咋了?(笑)

日子一天天就这样过下去了。某天下午,我正从盐仓到一宫的小道上走着。到一宫不久之后又走到了国道22线的四岔路口,当时是红灯我就停了下来。正右角边是名岐球。在那里我就对老天表达了自己的不满。

“我走的这条路,我知道它的尊贵和神圣。但是,我还没成熟,所以现在很痛苦。如果你是想让我做选择题的话,我应该是有选项的。但是你什么提示也没有,就让我走这条路。我虽然已经全身心同意了,但是我身体里还有杂质没去掉,现在很痛苦。你应该知道我一直很痛苦吧?如果你当初拒绝我的话,我就应该有选择权。但是你无视我!!你都干了些什么!”就这么抱怨。(完了之后正好红灯结束了)

之后释迦就这么说:“既然这样的话你别干了!”

听着这句话宝宝不乐意了:你在说什么!这个世界上很多人不知道这条路的珍贵。并且即使知道但不走的也大有人在。你在说什么呢啊!我只是在表达不满,并没有说不做啊!我绝对不会放弃这条路的。无论多痛苦,我都不会放弃!但是,我希望你能明白,我现在很痛苦!!

如果自己开玩笑的话,就会回答:既然这样别废话,给我好好做工!(笑)释迦后来这么回答:“把无法超越的东西超越了就好了吧?你是不想放弃的吧?”不想放弃就超越,我说“好的。”话又说回来,超越不了感到痛苦到底是谁的错?大家没有想过是自己的错吗?31岁到33岁这两年,我就是那样过来的。

大家很幸运呢,为啥能有神人来听你们的烦恼呢?(isadon指着自己)这就是神人哦!但是附在我身上的东西来路不明,有可能是恶魔呢。虽然不确定,但是我还是走了这条路。相信到底有多难呢?当时他附在我身上的时候,我心中是有怀疑的。虽然怀疑,但是这条路我不会放弃。

我们搬到富士山也一样。从不明白意义的生活开始,接下来会怎么样,根本不知道。现在已经是农民的孩子不愿意干农活的时代了,干农活的只有年轻的女人。人会说:“田里20岁的女子在干活,太奇怪了!在世界逐渐流行小家庭的风潮中,也有人会说:“你们在过集体生活太奇怪了!”当时的日本什么东西都是做好的,如果想创新,就会被认为很奇怪。不过,虽然世人不理解我们,我们也不知道这样做下去有什么意义,我们还是走了过了来。其背后支撑我们的就是叫做“信念”的东西。

如果这(不知道做下去的意义)就是答案,就这么做下去就好了。如果这么想的话,你是不可能会有持续的信念的。从某种意义上说,我是不幸的。反正,我并不完全相信我所走的道路。30岁当金色的佛在我面前出现的时候,我根本不知道他为什么要在我面前出现。虽然觉得他很尊贵,但是我并不觉得自己很伟大,为啥他要在我面前出现呢?我的成绩单可全是3分呀(笑)还想过死,一点用处都没有。尽管如此,那尊佛就来到了我的面前。但是,高贵的东西无法称量。它就在那里,没有理由。

我就这样一直在不明白意义的道路上行走着。虽然不明白,但是一直带着“这很重要”的心走着。这样走了很久,答案还是没有出现。但是我相信答案就在终点。如果人事先就知道答案的话,就到达不了信仰的境地。首先,必须带着信念坚持下去。

这是真话。纯天然的话。任何书上都没有的话。耶稣也好释迦也好,这些圣人已经成为传说了。然而,我知道,他们也会发怒,也有烦恼,也生活得很辛苦。

因此我知道了走前人未走过的路,开辟者们的艰辛。但是反过来,我认为这样值得。如果有大爱之心的话,你就会为后来的人奉献自己。那时你就不会为了自己而活着。如果是为了自己的话,那就是当自己的人生结束时,会有“啊,终于做完了”的满足感。

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